角川文庫新装版『彩雲国物語十七 紫闇の玉座(上)』11月下旬発売

 


◆角川文庫版「彩雲国物語十七 紫闇の玉座(上)」(イラスト/弥生しろさん)
2023年11月下旬発売。
(※今回、収録外伝はありません)


夜の池に月が映っていた。
葵皇毅(き・こうき)は龍笛から唇を離した。
「…私はおしゃべりなたちではない。要点のみいう」
きらりと葵皇毅の目が光る。
「表紙を見て万が一にでも藍龍蓮(らん・りゅうれん)だと思ったそこな輩、
夜道ではくれぐれも背後に注意することだ」
少し考えなおした。
「いや、みなそうしろ。物騒な世だからな。
あと、シリーズ最終巻となる『紫闇の玉座』、
上・中・下巻の三冊の予定だ。
初めて私も表紙に出たな…。仕事を抜けて、一曲吹きにきたのは、息抜きだ。
以上だ。仕事に戻る」
葵皇毅は本当に要点のみ言い、立ち去った。


お待たせしました、角川文庫新装版17巻目にして、最終巻『紫闇の玉座(上)』刊行です。

ビーンズ文庫「彩雲国物語 はじまりの風は紅く」の発売日は、
忘れもしない、ちょうど20年前の11月1日でした。
今月2023年11月は、シリーズ開始からぴったり20周年スタート月になります。
私の改稿がズレこみまくり、たまたま今年になっただけでして、意図したわけでは全然ないのですが、
ちょうど20周年の節目に角川文庫版の最終巻が刊行スタートになるとは、
彩雲国はもってるなあとつくづく思います。

ビーンズ文庫では上・下巻でしたが、角川文庫版『紫闇の玉座』は上・中・下巻の三冊の予定です。
上巻だけでほぼ400ページ…(外伝ないのに)。
ビーンズ文庫の時は、最終巻を連続刊行することが決まっており、上中下巻にすると三か月連続刊行になる…三か月ぶっ続けは体力的にも精神的にも私がもたない、一冊のページ数が多くても二か月連続刊行のほうがいいと思ったことと、「最終巻で(上)ときたら、読者は次に(下)を期待するはず。私ならそう思う!」と考え、無理を言って二冊にしてもらいました。
三冊ぶんの分量を二冊におさめるために、実はビーンズ文庫の最終巻二冊のみ、紙が違います。
ビーンズ文庫を持っているかたがいらっしゃれば、見比べてみると、最終巻の上下巻のみ、それまでの巻と違う、真っ白い紙だとわかるはず。
手ざわりもなめらか。
薄い、良質な紙です。
基本的に本は、薄い紙ほど高価だといいます(なので辞書に使われているあの薄い紙は、最高級の紙なのです。すごく薄いのに、丈夫で、何度めくってもページが外れない。とびきりの紙です)。
良質な薄い紙を使えば、ページ数が多くても本の厚みを抑えられます。また、分厚いと背表紙が割れて、本がばらけてしまう恐れがある。なので当時の担当さんは『紫闇の玉座』をつくる際、ちょっぴり良い紙を選択し、厚みを減らしてくれました。

子供のころ、見た目の厚さで「なんでこの文庫本、薄い(←そう見えるだけで、実はページ数は多い)のに、値段が高いんだろう???」と首をひねったりしていましたが、
謎が解けたのがこのときでしたね…。
本も人間も見た目だけじゃわからないのだ…。
(ついでに薄い良質な紙を使うと、本の値段もやや高くなるのですが、かわりに本棚にたくさん並べられます)。
今ブログを書きながら確かめたところ、角川文庫版『紫闇の玉座(上)』は、そのビーンズ版よりさらに薄い……(内容は同じ)。…⁉
角川文庫はメチャメチャ良い紙を使っているということに…(←もっと早く気づけ)。

各出版社の名を冠された文庫は、出版社の顔といわれますが…さすが、精魂こもってます。
職人の丁寧な手仕事に似て、一冊の本の隅々まで気を配り、だれ知らずとも質の高い本を読み手へ届ける、という気概を目の当たりにした気持ち…。

といえども中下巻では外伝もねじこ…いやさ収録されるので、三冊になろうがやっぱり分厚いと思います…。
それと新装版では連続刊行はありません…。私も担当さんも志半ばで討ち死にしてしまいます…。なんせ上巻すら11月刊行が奇跡……ゲフンゲフン。

上巻では、虜囚であった薔薇姫と縹家との、過去の出来事がほんのり出てきます。それは邵可と薔薇姫の物語でもあります。中巻に収録される(たぶん)外伝で書いていますので、未読の方はお待ちくださいませ(*ビーンズ文庫に収録済みの外伝です)

本書のこぼれ話(?)としては、あとは赤兎馬(せきとば)登場、くらいでしょうか。
赤兎馬は三国志では猛将・呂布(りょふ)、関羽(かんう)の馬として、それもずば抜けた名馬として有名です。赤つながりで、彩雲国では紅州産(安易)。
ちなみに彩雲国のとある外伝では、「白兎馬(はくとば)」なるものが名馬として一行だけ登場してます。
当時の私は、三国志でよく知られた赤兎馬をそのまんま出すのも…という恥じらいをまだもっており、白にしといた、というね…(←当時の担当は「白うさぎ号…なんか遅そうな馬だわー…」とこぼした)。
数年後にはそんな恥じらいはどこぞへ埋めたてられ、赤兎馬が堂々登場しました。
なので彩雲国には赤兎馬と白兎馬がいます(白兎馬の産地は白州かな…)。
…最終巻なのに、話すことがこんなんでいいんか…。

弥生しろ先生に「龍笛を吹く葵皇毅を描いてほしいです」とお願いしたのは私です。
素の彼は、きっとこんな表情をしているのだろう…とハッとした絵です。
今巻も文章には手を入れてあります。
物語も残り二冊。
楽しんでいただけますように。

今年も、はや晩秋です。
世界中の誰もが、少しでも良いクリスマスを迎えられるようにと願ってやみません。