2023年の夏も暑いですね。蝉も鳴き声に元気がないような…。ついでに私はこの炎暑に息も絶え絶えといった感じです…あつい……
さて、夏のお知らせです。
このたびkikubon📖(キクボン)さんから、「永遠の夏をあとに」が全編朗読となって公開されました。
浅井晴美さんの朗読になります。
優しい、やわらかい、なんとはなしなつかしいお声です。
ちょうど物語と同じ七月に音源公開になりました。どうもこの本は夏と縁が深いようです。…もしかして、キクボンさんが公開時期を作中と合わせてくださったのかな!?(いま気づく)
なんと13時間の朗読です。浅井さんも、音響の方も、お疲れさまでした…まことにありがとうございます…(涙)
のんびり、ゆるゆると聞くのも、いいのではないでしょうか。半年前、私が家の中ですっころんで鼻の骨を折っていたころに配信されていたら、寝ながら聞けたのに……(またよけいなネタを増やしている雪乃……マンガかいな!と自分で自分にツッコミましたよ……)
こうして物語が別の形に生まれなおすのは、うれしく、不思議に新しい感じがします。
キクボンさんと、朗読をしてくださった浅井晴美さんに、心から感謝申し上げます。
kikubon📖「永遠の夏をあとに」へは、以下のリンクからどうぞ。
https://kikubon.jp/product.php?aKey=801
世界中の物語は「目には見えなくても、確かにこの世にあるもの」のことを語ります。
愛も、憎しみも。他者への慈愛も、利己心も。ぜんぶこの世界に同時に存在することを物語ります。
目に見えないからといって、ないわけではないのだと、繰り返し様々な物語がささやくのは、私たちが目に見えるものや、物質としてさわれるものについ気を取られがちになるからかもしれません。
お鼻を折っても、次第にケガがよくなるのは目でわかりますが、
目に見えない傷、はそうはいきません。
どころか、見えないから、どれくらい自分が傷だらけなのか自分でもよくわからない。
でも、確かに痛み、自分を絶えずさいなみ、手当てするまで癒えません。深手を負ったままへいぜんと生きていくことはできません。傷つかずにすむ、安心できる場所で、休み、傷を癒さなければ歩いていけません。そうしていいのだと、だれもがもっともっと当たり前のように思っていい。
自分の良心に忠実であること、他者の求める自分でなく自分の好きな自分であること、楽しくすこやかに生きること…。
それが難しいときに人はどうしたらいいか悩み苦しみ、自分なりの道を求めていかねばならないのですが(それもまた多くの本のテーマです)、そのためには自分にまとわりつく他者の視線(これらもまた見えずとも存在するもの)をすっかりわが身からふるい落とさなくてはならず、そうしてやっと、自分の、小さな小さな真実の声が浮かびあがってくる。
そのかぼそい自分の声は、
自分が幸福になるためにある人生だと、
言っているはずです。
絶望も希望もある世界で、手に入るかわからないけれど、自分の幸福に必要なものを求めて海に漕ぎだしていく。陸では灯台守が、そんな船が通りがかるときのために灯台の火を絶やさずにいる。航海を終えて海から戻ってきた船乗りたちは、今度は灯台守になって暗闇の道標となり、漕ぎ出だしてゆく船を見送るのでしょう。陸で船の帰りを待つ灯台が赤々と燃え続ける限り、嵐吹き荒れる暗闇の海でも、希望を探しにゆく船の明かりが絶えることはきっとないでしょう。