本の紹介:コミックス『風の谷のナウシカ』宮崎駿(全七巻)・ルポ『治したくない ひがし町診療所の日々』斉藤道雄著

 

『風の谷のナウシカ』全七巻 宮崎駿著(徳間書店)

治したくない ひがし町診療所の日々』斉藤道雄著(みすず書房)


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黎深「暑い!!!!!!暑いぞ!!!!!なんだ、この国の夏はっ。きっかり八月に入るなり、35度だの36度だの、炎熱地獄か!誰か扇げ!氷をもて!!絳攸、絳攸はいるか!!氷風呂をしつらえろ!芭蕉扇をさがしもとめてひと吹きで暑気を一掃しろ!」

奇人「うるさい黎深!お前がいちばん暑苦しいわ。王よりよっぽど態度がでかいぞ!!」

黎深「お前、このくそ暑いのに、よく仮面つけてられるな!」

劉志美「それ、アタシも教えてほしーわあ!仮面つきでその陶器肌の秘訣。この国の乙女たち、夏マスクで湿疹やニキビに悩まされてしくしくしてるのよ!マスクなくたって顔汗だけであせもできてかゆくなるんだから、作者。みんな黎深みたいな鉄面皮仕様ってわけにゃあいかないのよ。…あー汗でお化粧が流れる!!!日焼け止め超サイコーナイス発明って感動したけど、こっちの世界でもお化粧崩れはいまだ未解決なのね…」

奇人「……いや…彩雲国はここまで暑くは…はにほへハニワが土偶と古墳でほにゃらら」

劉志美「……ぎゃー奇人!倒れる前に古墳で土偶とハニワに何があったか教えてっ!」

悠舜「……飛翔、そこの水桶をよこして!奇人、熱中症になるまで我慢しない!!さっさと仮面をとんなさい!!!!…飛翔?寝てるんですか?」

来俊臣「……飛翔が柄杓でがぶがぶ飲んでたこの水、水じゃなくて冷や酒だネ……。飛翔が気に入っていた日本酒ってやつ」

姜文仲「午睡してたんじゃなく、棺桶に片足つっこんでただけだったようだな…。このくそ暑いのに、酒をがぶがぶのんで汗かけば、血中アルコール濃度も高くなるわ。どんだけ酒好きなんだこのバカ。今頃、牛頭馬頭を従えて酒でできた三途の川を半分以上わたって閻魔庁へ向かってるんじゃないのか」

悠舜「渡るの見てないで、さっさと引き戻してくださいー!」

劉志美(…………悠舜、葵皇毅や凌晏樹といるとかっこいいのに…………)


――熱中症でダウンした奇人と飛翔を、悠舜に言いつけられて黎深がしぶしぶ世話をしている(?)。黎深は初めて見る扇風機の前に陣取って、風を独り占めしている。

黎深「…扇風機の風もなまあたたかいではないか!クーラーとやらはないのか!?最新式のやつだ!」

来俊臣「あ、クーラーよりもっと冷えるの、あるヨ。試してみる?」

黎深「この暑さが減るならなんでもいい!」

来俊臣「じゃ、扇風機のほう向いていたまえ」

黎深の肩がうしろからトントンとたたかれる。黎深は振り返り、心臓が止まるかと思った。

来俊臣「『振り向けば、文仲。2020夏』。どぉ? 冷えたでしょ? 肝が。暑い夏には一家に一人文仲。肝試しにもうってつけ!レンタル文仲。とか誰か商売しないかな」

黎深「そんな彩雲国でしか通じないネタをやるなー!!!」

(*姜文仲は道端にふつうに立っていても、しょっちゅう地縛霊と間違われる容姿をしています)

悠舜「…………(←つっこむ気力もない。暑くて)。

肝が冷えるといえば…。そういえば、先だって、このブログを読んでくださっているという読者からお手紙をいただいたんですが」

劉志美「あ、そうそう。作者もアタシたちも、すごく嬉しかったわよね」

悠舜「ええ。そのお手紙の中に、角川文庫版とビーンズ文庫版の『彩雲国物語』を読み比べて、SNSで変更箇所をみんなで話してます、と書かれてましてね」

黎深「………」

劉志美「…………」

姜文仲「…………それは、作者の肝が冷えるどころか、氷像になるな…」

来俊臣「………………氷像のままウサイン・ボルトと化して三途の川をマッハで渡りきりたくなったろうネェ…………」

悠舜「作者のことはどーでもよろしい。読んでくださるかたが楽しんでくださるなら、私たちも冥利につきます。『今の作者が読みなおして手直ししようと思った場所』に角川文庫版で手を入れてますが、物語の流れはビーンズ版と同じです」

姜文仲「テンションを変えないように気を付けてはいるが、文章に手を入れているぶん、受ける印象はビーンズ版とは少し違うかもしれないな」

悠舜「どちらでも、お好みのほうを楽しんでください。

こんなに時がたっても読み返してくれるかたがいることが、何より信じがたい幸せです。私たちすべての登場人物から、みなさまへ、心からお礼を申し上げます」

劉志美「読み継いでくれるひとがいるから、アタシたち、こうして出てこれたしね。

あと、このブログ、今のところ、10月までの期間限定、と作者は思ってて。そんなおりにブログも楽しみにしています、とお手紙が届いたものだから、よけい嬉しかったわよね」

悠舜「はい。とりわけ、こういった不安ななかで、筆をとってくださったことが。

今までと違うことが多い中……気持ちをふるいたたせようとしても、ままならないと思います。変化に急に気持ちが追いつかないのは、みんなそうだと、自分に言い聞かせても…。

『どうしていいか、わからない』、どうなるかわからないという不安のなか、それでも前をむこうと思う自分を、ほめてあげてください。思っているだけでもです。それは決してささやかなことでなく、とても大きな力です。

それに、立ち止まったときにしか、蓄えられない力がある。不安になったとき、同じように不安な人の気持ちを思いやれるように…。立ち止まることは、置いてけぼりになることでは全然ないから」

劉志美「ウン。暑くて風のない、長いような短いようなこの夏に、読者がお手紙を書いて出版社まで送ってくれただけで、雪乃がどんなに元気になったかしれない。アタシたちもね。ありがとう」

悠舜「はい。

では、本の紹介に行きましょうか。

そんな今年の夏、雪乃が題名にひかれて手に取って、読んで、紹介したくなったのが、こちらのルポ。

今年の5月に出たばかりの本です」

八月の終わり、低い蝉のうなりめいた鳴き声の中、からからと扇風機が回る……。


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①ルポ『治したくない ひがし町診療所の日々』斎藤道夫著


悠舜「ルポルタージュなので、現実の話です。舞台は北海道の、精神障害やアルコール依存の患者が通う小さな診療所。本の帯には、こうあります。

『半分治しておくから、あとの半分は仲間に治してもらえ――』」

来俊臣「診療所のお医者が患者に告げたというこの言葉にひかれて、雪乃は手に取ったんだよネ」

悠舜「本の中身は、診療所にやってくる精神障害者たちと、1人の医師と、スタッフたちの日々を、著者が書き留めたものです。

精神科医をしていた川村敏明先生は、勤め先の病院で、悩む。なんど患者を退院させても、再発して戻ってくる、の繰り返し。いったいどうしてだろう。

『治す』というのはどういうことなのか?自分は医師として本当に『助け』ているのか?

先生はスタッフと共に試行錯誤し、病院から精神障害者を退院させて町で暮らせるようにしていった。そうしたら、『もうからない』といわれ、精神科がなくなることになった。川村先生はすべての患者を退院させて生活できるようにしたあと、町医者としてスタッフと共に小さな診療所をひらきます。

川村先生のひがし町診療所は『病気をなくす、治す』より、『病気があっても元気で暮らせればいい』『生活はちゃんと自分でできるように』がモットー。

ですからこの本には『こうすれば精神的負担が軽くなります、良くなります』なんて話は、一切でてきません。

繰り返し書かれているのは、『正解はない。答えなんてどこにもない』。

問題があれこれでてくる中、今日ベストだと思って患者にしたことが、明日には違うかもしれない。スタッフたちは悩み、考えながらいろいろな方法をやってみて、たまたま『良くなって』も、いったいどうしてよくなったのかスタッフにもわからない。そんな毎日。でもそれでいい。

患者は別の精神障害者をしょっちゅう助ける。スタッフのことも助ける。本に書いてありますが『支援側にいる人自身、応援を必要としているひとたちっていうか……あの、たいした人、いないんです』川村先生の言葉です。

助ける人だって完璧じゃなくていい。誰かが助けを必要としているとき、いっぱい助けにとんでくる人がいれば、なんか安心するでしょう、あんまりしっかりしてない人でも、いっぱいいれば。という箇所に、読んでいて、すとんと腑に落ちたというか…うらやましい気持ち、ですかね。

『助け合う』とは、本当はどういうことだろう?

『幸福に生きる』とはどういうことだろう。

『「そんなに病気よくなってない」のに、演奏を、表現を、仲間とともにいることを、生き生きと楽しんでいる(本文より)』彼らのように生きている『健常者』は、どれだけいるのだろう?

……読んでいくうちに、そんなふうに、いろいろ浮かんできて。

一つ一つの言葉が、人が生きていくことぜんぶに、あてはまるように思えてくるのです。『正解がない』『正しい答えがわからない不安のなか、一人ひとり何かしら問題を抱えて、あれこれ考えながら生きていく』

…それは誰しもきっとそうだから」

姜文仲「この本で何度も繰り返さし書かれるもう一つの言葉が『考えること、悩むこと』だ。

『答えがなくても、どれだけ時間がかかっても、長い回り道をしても、結局どこにもたどりつかないかもしれなくても、考え、悩む。それしかできないし、解決できるから考えるのでもない。右往左往しつつさらに考え悩むとき、私たちは自分の苦労を担い、自分自身の生き方を取り戻すことになる(本文より)』。それが自分で生きていくということだ、と、私は受け取った。だがこの本は、読み手によって、それぞれの読み方ができる本だと思う。これ以外にも。よかったら、手に取ってみてほしい」

劉志美「…………アタシ、わかるのよねぇ。

この本でさ、川村先生が患者さんの一人に、『いい先生がきて、病気を全部治してやるといったら、どうする?』って聞いたら、『いや、すっかり治されたら、困る』って返事をするの。彼は今『しあわせ』だっていう。なんでかっていったら『お布団の中で』安心して『眠れる』から。病気で困っても失敗しても、『みんながいる』から。

……彼がそう思うまでに何十年もかかってる…けど自分の『しあわせ』がなんなのか、わかっているひとって、どれくらいいるのかしら?

アタシも戦争行って帰ってきて、頭が変になってさ。戦争PTSDよね。黎深だってこっちの世界にいたら、単なる人間失格じゃない」

黎深「おい」

劉志美「でもアタシの頭が変でも、おかしなことしても、悠舜たちは受け止めてくれて、助けてくれるって思えたから、あたしは不幸せじゃなくなった。今、過去に戻って『すっかり治してやる』って言われたら…アタシも『それは困る』っていうかも。…病気になったからじゃなくて、手を差し伸べるひとがいないことが、苦しかったのかもしんない」

悠舜「……」

劉志美「病気になった人には、いっぱい優しくしてあげてね。そしたら元気になるから」


『支援っていうのはどういうことだろうって、みんなで考えるわけだけど、やっぱりこう究極、いっしょに寝るとか、いっしょに食べるとか、いっしょにそばについててあげるとか、そういうことだったんだよね』(『治したくない ひがし町診療所の日々』より。本文より、の注意書きの箇所以外にも、悠舜たちの会話の中、および『』部分などに、本の文章を引用させていただいています)


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『風の谷のナウシカ』コミックス全七巻、宮崎駿著


悠舜「ご紹介する二つ目は、映画ではなくコミックスのほうの『風の谷のナウシカ』です」

来俊臣「雪乃、なぜか夏になるとこの漫画が無性に読みたくなるんだよネ。今回もちょこっとだけ…と思って、一巻を読み始めたら、もう全巻一気読みだよ。おかげでブログの更新が遅れた(本当)」

黎深「めちゃめちゃ絵が細かいな」(黎深、奇人と飛翔に水を飲ませながら漫画をのぞきこむ)

姜文仲「緻密と言いたまえ。この漫画、宮崎駿監督が自分ですべて描いている。

……今年読んだら、雪乃は妙に落ち着かない気持ちになってな」

悠舜「そう。ナウシカたちが、マスクをしてるわけですよ。『外したら瘴気を吸って、肺がダメになって死ぬ』環境で生きているから。だから森の瘴気が濃い場所では必ずマスクをしないとならない。瘴気をだす胞子を谷にもちこまないよう厳重に気を付けて、日々を暮らす。でも谷の外からきた者も、決して排除はしない。

……妙に、『今の世界』とリンクする気がしませんか。

ナウシカたちもマスクは好きじゃなくて、マスクを外せる場所だとすぐに外して、ほっと一息ついてるのです。その気持ちがもう今は読んでいて如実にわかる。

物語の一つ一つが……去年読んだ時よりずっとリアルに感じて、ドキッとした、と」

来俊臣「なぜ森が瘴気を出すようになったのか……。そんな世界でも、二つの大国は戦争をやめずに突き進んでいく。そういったところもな。

映画版とは、受ける印象がかなり違うんじゃないか?物語自体も、キャラクターたちの造形も」

悠舜「ええ。作者は映画も大好きです。でもおとなになるまで、原作コミックスがあると知らなかったんです。知人が貸してくれまして。読んで、忘れられなくて、自分で全冊買いました」

劉志美「七冊かけて描ききった漫画版は、本当に重厚な大河ファンタジーって感じ。七冊でこれを描ききっちゃうなんて…というべきかなあ。読めて幸せよね」

悠舜「映画をご存知の方は多いと思いますが、作者のように原作コミックスのことを知らない方がいるかも、と、ご紹介です。

読みたくなった方は、ぜひ、漫画版がどんな物語で、どんなラストなのか、その目で確かめてみてください」


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(奇人と飛翔をわりとまじめに介抱していた黎深が、扇風機の前からどく)

悠舜「? おや、黎深、あなたが琵琶をだすとは……百合姫にしか聞かせないのに」

劉志美「奇人と飛翔に聞かせてあげるの?」

黎深「……………」

黎深は黙って調弦をすると、琵琶をかき鳴らした。

夏の暑い風に乗って、玲瓏たる琵琶の音色が運ばれていく。遠く、遠く。

悠舜も、劉志美も、来俊臣も姜文仲も、気が付いた。

床で休んでいた奇人と飛翔は、横になりながらその音色に耳を澄ませた。


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レナート「姫様、弦の音が聞こえるよ。バイオリンとは違うなあ。東の国のほうの楽器みたい。琵琶っていうのかも。二胡も追ってきた」

ミレディア「本当。あ、横笛と、ハープのような琴の音が……合わさってきましたね」

レナート「おっと、今度はバイオリンもきましたよ、姫様。じゃ、俺は自慢のタップダンスを踊ろう」

ミレディア「レナート、お薬飲んだばかりだから、むりしないで…」

レナート「うん、姫様の薬飲んだから、元気になりました。姫様は歌って?

……ね、姫様、俺、体の部品半分戦場に落っことしてさ、頭もいかれたけど。

そうなる前の俺だったら、姫様は俺を好きになってくれなかったかもって思う。今、俺、壊れてても、しあわせですよ。不思議なんだけど……」

レナートは風が運んできた音楽にのせて、義足と生身のちぐはぐの足で、自慢のタップダンスを踏んだ。陽気に。


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2020年、夏。日本――。


渡会数馬は屋上で向かいの建物を眺めていた。ささやかな休憩時間の中で。

アイロンなどあてるひまもない数馬の白衣は、よれよれだ。数馬も同じくらいよれよれだった。緊張感がつづくせいか、疲れがなかなかとれない。数馬は久々にタバコが吸いたくなった。

今日も暑かった。でも、数馬は夏は好きだ。昔から…。

向かいの建物の窓に、紙が張り出されていく。一枚の紙に一字ずつ、病院のどの窓からも見えるように大きな字が書かれており、次第に文になっていく。

「ずっとがんばってくれて、ありがとう!何があっても、みんな応援してる。助けになるぞ」

14時ちょうど。

この時間に屋上にいろといってきた拓人と彰が、紙を窓に貼り終えると、ビルの窓をあけて、手をかざす。近くのビルの屋上や非常階段のあちこちで、町の人たちがいっせいに大きく手を振ってくる。

ひっきりなしに病院にかかってくる中傷やクレームの電話のことも、自分が疲れていたことも、数馬は忘れた。

ふいに、どこからか、バイオリンの音が聞こえてきた。懐かしいひとのバイオリンだった。

(?バイオリンだけじゃない……笛とか……なんか俺にはよくわかんねぇいろんな楽器と……歌………何語だろ)

聞こえたような気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。

音楽は風の中に消えてしまった。

けれど、今この瞬間も、世界中でこんなふうに誰かから誰かへの見えない祈りが飛び交っている。きっと。

(あー、あのあほな二人と会って、酒飲みてぇ………)

数馬は笑った。笑ったのはいつぶりだろう。

救急車の音が聞こえてくる。何台も。この病院へ向かって。

「渡会先生……そろそろ」
「うん。行く」
「……先生、きれいな音楽が、鳴ってませんでした?」
「俺も聞いた。俺たちは支えているけど、支えてもらわないと、それもできない。誰もが。
みんなに、廊下出て、あっちの建物、窓から見てみって、教えてやれ。元気でるぞ」

数馬は二人の友人に手を振って、医師の戦場に戻っていった。