夏休み!(はあるのでしょうか2020年の夏…)SF短編・中編小説のご紹介


本の紹介(SF短編・中編小説)
 ①「たったひとつの冴えたやりかた」(ハヤカワ文庫)
   ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作、浅倉久志訳

 ②「時が新しかったころ」(創元SF文庫『ロマンティック時間SF傑作選 時の娘』収録)
   ロバート・F・ヤング作、中村融編

 ③「もの」(原題『things』、ハヤカワ文庫『風の12方位』収録)
   ル・グイン作

 ④「たんぽぽのお酒」
  「万華鏡」
  「やさしく雨ぞ降りしきる」
(創元SF文庫ブラッドベリ自選傑作集『万華鏡』より)
   レイ・ブラッドベリ作、中村融訳

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【彩雲国より】


秀麗「……ノストラダムスの大予言のあった1999年7月から、はや20年…。
あっというまに、また7月になっちゃったわねー…」

劉輝「(ノストラダムス???)……またって、もう7月も終わりではないか。
作者がへろへろしてたせいで、あっというまに前回の更新から一か月以上も経ってるぞ」

秀麗「作者、湿度が高くなると、すぐバテバテへろへろになんのよね…」

劉輝「それはよく知ってる。…こちらの国は長雨がつづいているようだな。
明け方に雨がサーッと降ってはやみ…やんではまたそぼ降る…。だが、朝方蝉が鳴くようになった。気象がこれ以上狂わなければいいな。
春には絶えていた子供の遊び声が聞こえると、ほっとするが…」

秀麗「心配ね」

劉輝「うむ…。見えない負荷が、ずいぶんかかっていると思う…みんなに」

夜の暗闇のどこかで鳴く、カエルの声を聴きながら、劉輝はつぶやいた。

劉輝「…この世界では、これからの自分の在り方と行動を、自分自身の心に拠って決めねばならない、のかもしれぬな。王や誰かの指示に拠る前に…。
それぞれ、白紙の状態から。
…なんだか、昔の余を思い出させるが、それとは次元が違う…」

秀麗「あのね、こないだ興味深い記事を見つけたのよ。私たちの国にはない考えだった。
『人は誰でも世界を変える能力を持っている』
『周囲に存在する問題を解決する能力が、自分たち一人ひとりにある』『けれど今までは、誰も、そんなことを学校で教えられることなくきた。』でも…。『試していないその才能を開花させ、別の未来を選択できる時がきた』って。
この世界のみんな、目に見えない感覚で、うすうすそれに気づいてるのかも…。
のしかかってくるようなこの負荷は、一人ひとりの決めたありようで、この先の世界が変わっていく。それを感じてるせいなのかも。
一人ひとりに世界を変える能力が備わっていて、それを使うかどうかがここから問われる…」

劉輝「…王がいらない世界だな。それは負荷を感じるはずだ」

秀麗「さっきのは「ソーシャルビジネス」の考え方なんですって。利潤の最大化を目的とするのでなく、人間や社会を脅かす問題を解決するのが目的のビジネス」

劉輝「その『ソーシャルビジネス』とやらは、わが国では余や秀麗の仕事だ。…やっとらんのか???利潤の最大化を目的としてる為政者や官吏なんて、変すぎではないか」

秀麗「……………。……………。……や…、私もそう思うんだけど……この国では違うのかも…」

劉輝「秀麗なら、新しい扉をこじあけて真っ先に飛び出しそうだな」

秀麗「もちろん。面白いじゃない。
さあ何しようか、いろいろ考えちゃうわ~!」

劉輝「…………。。。
(ふつうは面倒だとか、誰かがやってくれたほうが楽だとか、投げだしたくなるぞ…余も…)
でも、秀麗ががんばりすぎてへとへとにつかれたとき、誰もがそのかわりを担える、というのは、いいな。絳攸も楸瑛も静蘭も、休ませてやれる…」

秀麗は微笑んだ。「今の私たちは、長い長い夏休みのなかよ、劉輝」


秀麗「じゃ、紹介しましょうか。今回の本。
前回は、がっつり三国志だったものねー。大長編…」

劉輝「今回は中短篇を4~5本。SFから、だな」

秀麗「あらかじめ申しあげておきますが、作者は、SFのコアな読み手というわけじゃ、全然ありません!
(断・言)」

劉輝「無性にSFを読みたくなると本屋さんに出かけて、SFの棚の前をうろついて、ハッと一目ぼれしたのを買ってホクホクと読むやつだな」

秀麗「『書き手の頭のどこから出てくるの、この壮大なアイデアと物語!』っていうSFのわくわくが、大好きなのよねー、作者。『すごい難しいこと書いてあるのを、わかったふりをしながら、一人でこっそり読むのが好き』ってこないだ独り言いってた」

劉輝「身もふたもないな……。けど、このSFというもの、余もワクワクする。
自分の入っていた小さな枠に気が付くというか…。枠にはまった考えにとらわれてた自分に、ハッと気づかされるあの驚きに満ちた瞬間。『ふつうだと思ってた考え方は、ぜんぜん「ふつう」じゃなかった』と思ったとき、自分の世界が一気に広がるあの感覚。
多種多様な考え方、価値観が、テーブルにずらりと並べられてる感じだ」

秀麗「SFは『現代社会』のルールや縛り、価値観から自由になって描けるものね。
『今より、もっと先の世界の考えかた』の宝庫だわね」

劉輝「そのなかで『愛と死』『生・性』『人であること』などは、変わらぬテーマだ。
世界が変動しても、時が流れても、宇宙だろうが地球だろうが、人が変わらずに悩むもの、目の前に置かれるもの…、なのだろうな」

秀麗「というわけで今回ご紹介する中短篇SFは、膨大なSF書物から選び抜かれた、わけではなく!単に『雪乃が好きなもの』からのセレクト。
SFっていいなと思ったらば、どんどんコアなSFへ突っ走ってね」

(閑話休題)

劉輝「そういえばリオウはこっちの世界の推理小説と漫画を大量に積み上げて読みまくってたぞ。なんかウサギみたいな目で徹夜して読んでた…。『ねっとふりっくす』とやらにも加入したいとか、いってた」

秀麗「……ね、ねえ……大丈夫なのそれ……。
タンタンが『ネトゲ廃人』になりかけてるって、こないだ燕青と静蘭が遠い目してたんだけど……ネットゲームの課金がどうたらとか…」

劉輝「……タンタン…こっちの世界だと『美少女もの好きネトゲ廃人課金漬け検察官』というとこか…文春砲がくるかな……」

秀麗「その前に、そっそんなざまが葵長官にばれたらタンタン東京湾に沈められちゃうわよ!うちの検察長官、こっちの世界の検察の賭け麻雀でつかまった偉いひととはだいぶ違うのよ!!」

劉輝「……だいぶどころじゃない……王たる余が腑抜けだと、葵長官はせせら笑って、従うどころか、従うそぶりすらしてくれぬもの…」

秀麗「…………タンタンがタヌキの置物を抱っこして東京湾に浮くのはありえそうだけど、
『号外!賭け麻雀がばれて葵長官失脚』っていうニュースだけは、ないと思うわ…。小さいの、大きいの、このニュース?って燕青とタンタンが言い合ってたけど…。
葵長官の性格なら、握ってる黒いネタの数々で、機関銃一斉掃射みたいに政府上層部を返り討ちにして、情け容赦なく片っ端から失脚させて退陣に追い込むと思うわ……」

劉輝「………うん(しかし『美少女もの好きネトゲ廃人で課金漬けの検察官』って、妙に親近感がわいて内偵にはうってつけかもタンタン検察官…『相棒』に出てきそうだ)」

7月でも涼しい夜半、また雲がでてきた。
しとしと雨がふりはじめる。
軒先を打つ、リズミカルな雨音を聞きながら、劉輝は手もとの本をとった。

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①「たったひとつの冴えたやりかた」(ハヤカワ文庫)
   ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア作、浅倉久志訳

劉輝「雪乃が昔、編集者に言われたことがあってな。
『短編の名手は、長編を書かせても絶対にうまい。が、逆はそうとは限らない』
そのくらい、短編は、書くのが難しい、ということなのだろうな。
限られた枚数のなか、読者を魅了する要素を凝縮させて物語をつくりあげ、読み終えた後、長編と同じだけの満足の吐息を読者につかせる、そのどれほど難しいことか…」

秀麗「短編の名手は、まさに書く天才よね」

劉輝「うん。雪乃にとって忘れがたい短編・中編に巡り合うのは、信じがたいような幸せで…墓の中までもってこうといつも思ってる」

秀麗「これも、その一つね。
『たったひとつの冴えたやりかた』。
一冊のなかに、同じ宇宙を舞台にした物語が3話入っているんだけど、その最初のお話」

劉輝「…これを作者が初めて読んだとき、『こんな魅力的なヒロインは、いない』と思ったそうだ。作者の中では、いまだにそうで、『忘れがたい物語のヒロイン』の上位にずっと入ってる」

秀麗「わかる。
すごく魅力的な16歳の女の子だもの、ヒロインのコーティ・キャス。

小さなころから宇宙と冒険が大好きで、宇宙港に遊びに行っては旅客にせがんで宇宙船にのっけてもらうので、宇宙船の操作はもうお手の物。
星々の地図もかけるし、連邦基地のある座標も暗記してる、宇宙服もすばやく着込める。
コーティのあこがれは、宇宙を探索する冒険家たち。
コーティは16歳の誕生日に、両親に買ってもらった自分の小型宇宙船に乗って、本当はまだ行くことの許されない星域へ『冒険』をしに、内緒で宇宙に飛び出してっちゃう。1人で。

宇宙船のなかで、コーティは、自分しかいないはずの船内に、『誰か』がいるように思う…。
いたのは、未知の『エイリアン』だった。

それからコーティは、その『旅の道連れ』と二人で、ある冒険に向かう。
最初コーティは『ちょっとした冒険』だと思っていたけれど…………」

劉輝「ラストは、何度読んでも泣けてくる…。
…さっき余は『未知の状況で、自分はどう行動するか。どんな自分でいるか』というようなことをいったが、16歳のコーティはまさにそれをした。決めるのが困難なときでも。
一気に読み終えた後『自分に同じことができるだろうか』と考えたな…。
正直、できるかわからない。でも、そうしたいと思う」

秀麗「元気で、明るくて、底なしの愛と勇気をもった16歳の女の子の物語。
未知の相手への、おそれのない友情。
コーティと、コーティと出会ったエイリアン。
2人の冒険の果てはどうなるのか、ラストまでぜひ楽しんでください」


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②ロバート・F・ヤング
『時が新しかったころ』

劉輝「これは余の一押しだ。ろまんてぃっく、というやつだ!余と秀麗に足りないものだ!」

秀麗「…………(否定はしないけど、それは私だけのせいじゃ………)」

劉輝「そういえば、先だって図書館で出会った少年も、黙々とこれを読んでたな」

秀麗「リオウ君じゃなくて?」

劉輝「いや。年のころは似てるが。目だけを覆う瀟洒な仮面をつけた……信じがたい美少年だった。なんか、彩雲国にはどこさがしてもいない感じの、無口で気品があって、陰と秘密のありそうな」

秀麗「そら、いなそうだわ」

劉輝「ぼんやりと心ここにあらずな風情で…あれは恋をしているな!」

秀麗「なんで?」

劉輝「余の勘。
毎晩胸が痛んで眠れぬことであろう…ふっ。わかるぞ仮面の少年。
とにもかくにも、余だってたまには王道の恋を夢みたいのだ!ちゃんと報われるやつ!恋しいあの子も、夜な夜な余を思ってため息をついててくれたら…そんな妄想の余地がちょっとでもほしい!夜な夜な検挙で頭いっぱいなんだろうな、とかでなくて!」

秀麗(←彩雲国では検察官)「(無言)」

劉輝「てことでロマンティックSF中編。
恐竜がいっぱいでてくる」

秀麗「(読む)あっ、ほんとだわ」

劉輝「舞台は白亜紀後期の地球。恐竜がウロウロしてるとこに、2156年の地球から恐竜に艤装したタイムマシンにのって、古生物学協会の依頼を受けて主人公がある調査にやってくる。(…こう書くと、なんだかいろいろすごい)

主人公カーペンターは32歳、2156年の地球で自分のアシスタントをしてくれている女の子に『絶望的なくらい恋をしている』。
カーペンターは、古生物学協会から依頼された『白亜紀後期の地層から発見された、【現代人の骨】の謎』を追っているおりもおり、森で二人の少年少女とでくわす」

秀麗「ん?恐竜時代に?女の子と男の子がいたの?」

劉輝「そう。
二人の子供は姉弟で、ある事情で追われており、森に隠れていた。カーペンターは二人の子供を保護し、恐竜型マシンでその追跡者から逃げることになる…。
さみしく育った二人の姉弟は、すぐにカーペンターになつくようになる。

時間旅行局、恐竜型タイムマシン、火星人、宇宙警察…。
カーペンターは、なついてくれる姉弟に愛着を覚えながらも、『2156年の人間ではない』姉弟を、タイムマシンで自分の世界に連れ帰ることは時間旅行の制約上、決してできない…。
カーペンターと二人の姉弟の、逃避行の果ては?
読みすすめるうち、読者が『こうなってくれたらいいな』と思うラストに、どんぴしゃりで投げてくる!
これぞ王道」

秀麗「(読む…)」

劉輝「追跡者とのはらはらドキドキの戦いもあり…しかしカーペンターのアシスタントの女の子への慕情については、3ヶ月恋をしてるだけで『絶望的な恋をしている』などとはエヘン、ネバーギブアップ『待つ男』を極めた余からいわせてもらうと……うんぬんかんぬん」

秀麗(……カーペンターが心の中を打ち明けるセリフが素敵だわ…。
『おれは――実をいうと、彼女が恋しすぎて、近くに寄るたびにどぎまぎして、ほとんど何も言えなくなっちまうんだ』
……いいわー…。
はーあ、こういうヒーローなら、ロマンティックな物語になるんだわー……)

劉輝「?なんだ?」

秀麗「なんでもない」

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③「もの」(原題『things』:ハヤカワ文庫『風の12方位』収録)
   ル・グイン作

劉輝「SFというより、これはファンタジーの分類かもしれぬ。

前の二作は中編ともいえる長さだが、これは、短い。
登場人物も、主人公の男、やもめの女とその赤子のみといっていい。彼らの名前すら、ほとんど出てこない。
淡々と書かれた物語を、1行1行たどって、ラストを読み終えたときの、涙がでそうな感覚を、作者はずっと忘れられずにいる」

秀麗「作者のなかでは、『面白い』や『すごい』といった枠を超えたところにある短編なので、『これこれこういうわけで面白いのでどうぞ』、という紹介の仕方が、できないのよね…。
ただ、『墓場に入っても絶対忘れない、何度も読み返す短編の一つ』ですっていう。

同じル・グイン作の『ゲド戦記』を思わせる、あるちっぽけな、外界と隔絶された島が舞台。はっきりとは書かれていないけど、読むうちに、その島には滅びが迫っていて、絶望が人々を覆い尽くそうとしているのがわかる…。
その島で、レンガ職人の主人公と、やもめの女と赤子との日々が描かれていく」

劉輝「主人公の名すらほとんど出ないほど、余計な装飾をはぎとり、けれど丹念に書かれたその世界と三人の生活は、白黒の鉛筆スケッチを思わせる。
少しずつかわりゆく三人の周りの世界と、かわらない彼らの思いが、胸の中にしみこんでくる、白と黒のスケッチになって。

先には絶望しかない島で、レンガ職人の男とやもめの女が選んだ未来と、結末は…?

こんな短編が書けたら、もう死んでもいいなあと、雪乃が思った一篇だ」

秀麗「……コーティ・キャスのように、『この世界で、君はどうする?』って、問われているみたいよね。
コーティもレンガ職人も『自分のたった一つの答え』をだして、生きる。

読んでみたいと思われたかたは、ぜひ手に取ってみてください」


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 ④「たんぽぽのお酒(短編4本のタイトル)」
  「万華鏡」
  「やさしく雨ぞ降りしきる」
(創元SF文庫ブラッドベリ自選傑作集『万華鏡』収録)
   レイ・ブラッドベリ作、中村融訳


秀麗「ラストにご紹介するのは、
SF・幻想小説・サスペンスからミステリまであらゆるものを書いちゃう、
アメリカの大作家レイ・ブラッドベリ。
………ここで紹介するまでもない大家ですけども、『たんぽぽのお酒』はSFじゃないでしょ???」

劉輝「う、うむ…。
『ブラッドベリはSF』、などとなんとなーく思っていた雪乃の目から、鱗を落としたやつ。

『たんぽぽのお酒』は、SFでもミステリでもなく、アメリカのある田舎町にすむ、12歳のダグラス少年の夏の物語、だ。4つの章立てでできている。

『SFの抒情詩人』と呼ばれるほどの、ブラッドベリの描く、目にも鮮やかなダグラス少年の『夏』の世界に連れさってくれる。

生き生きと描かれている、とか、そんなありふれた形容詞じゃ、全然おっつかない。
12歳のダグラスの食べるもの、肌にふれるもの、世界のにおい、色、喧嘩をしてる時の心臓の鼓動まで…、12歳のダグラスになって、その世界で自分が生きていると錯覚しそうになる。
12歳のダグラスが生きている夏の日々に、世界の真実、森羅万象のすべてがつまっているのだと、『わかる』。

少年時代を通り過ぎたら二度と取り戻せないものを、ピンで留めてくれたような短編だ」

秀麗「この詩的な文章を日本語で表現してしまえる訳者も、すごいわよね…」

つづいて、ブラッドベリのSFから二つの短篇をセレクト!

表題作の『万華鏡』。
宇宙船に隕石が衝突して、乗っていた宇宙飛行士たちは宇宙空間に放り出される。
助かるすべは何もない。宇宙空間に、べつべつに、押し流されていくだけ。
最初はつながっていた仲間との交信は、一つ一つ途絶えていく。
わずか15ページ。
その最後の1ページの、主人公の思いと、終わりの数行を読むと……本をもって、窓を開けて、夜空の星を見上げてみたくなる、のよね。

もう一つ。
ブラッドベリ自選傑作集のラストを飾る短編『やさしく雨ぞ降りしきる』。
アメリカのある家の1日の情景が、朝から時間を追って、刻々と書かれているのだけど、読むうちに、『何があったのか』、読者はうすうす察していく。
たった10ページだけの、短編なの。
『ある家』の1日。それだけ…。
それが、こんなにものがなしい物語になるのね」
 
劉輝「読み終えたあと、タイトルの『万華鏡』と『やさしく雨ぞ降りしきる』、どうしてこのタイトルなのか、余はなんだか1人でいろいろともの思いにふけったな…」

秀麗「今回はSFから、中短編のご紹介でした。
夏休みに気になったら読んでね~……と、しめたかったんだけど………」

劉輝「夏休みが……あると、いいのだが……。
まとまった時間がないと、できないこともあるだろうから。
本でなくても、興味をひかれたものや、楽しみにしていること、好きなものに時間をそそぐというのは、かけがえのないことだと思うから…。
振り返ったとき、『2020年の夏』が、どうかよい意味で、記憶に残るものであるように……心から願っている」

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夜来の雨がやみ、窓に雲居の月がでていた。
まだ明けない夜のなか、秀麗が最後にそっと文机に置いたブラッドベリの文庫本に、
灯火がちらちら火影を落とした。月の影が床に映っていた。

「秀麗」と呼ばれたので、顔を向けると、劉輝の手に花の枝があった。
夏の、白い花だった。

劉輝「生垣に咲いていた。長梅雨でも、花はすこしずつ夏だな」

秀麗「…むくげの花ね」

劉輝「うん」

秀麗は両手で、真っ白な花の咲きこぼれる枝を受け取った。
…それはとてもなつかしいことだと、秀麗は思った。
いつか、こうして劉輝が花を贈ってくれた頃があった。
春も、夏も、秋も…花のない冬には椿の花をさがして…。
白い花は、そのまま秀麗の手から、胸へ、しみこむように思われた。

2人で過ごすことのできた時間は、とても短かった。

でも今は永遠の時間がある。

秀麗は微笑みかけた。白い夏の花に、劉輝に。
「ありがとう」