本の紹介『完訳 三国志』全8冊(岩波文庫)


『完訳 三国志』全8冊(岩波文庫)
 小川環樹・金田純一郎 訳

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【本を紹介する登場人物:彩雲国より】


悠舜「さて、今回のご紹介は『完訳 三国志』(岩波文庫)になります」

晏樹「……で、僕らが呼ばれたの? なんで? 僕が桃好きだから?
まさか僕ら三人をごつい関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)と、諸葛孔明(しょかつこうめい)になぞらえてとかいわないよね。
旺季様と劉備(りゅうび)の共通点なんてね、常にド貧乏で不器用で負け戦だらけで、なのにやたらめったら人に好かれて窮地を誰かに助けられてかろうじてなんとかなってるってとこくらいだよ!」

悠舜「……」

皇毅「……」

晏樹「…………。……いっておくけど、悠舜さえいなかったら、僕はちゃんと旺季様に天下統一させてたからね。旺季様を劉備でなくて曹操(そうそう)にしてたよ!」

皇毅「……と、ともかく。三国志で有名な『桃園の誓い』と、お前の桃になんの関係もないわ。

『三国志』
中国の漢王朝末期、国が衰亡し、麻のごとく世が乱れる中、覇権をめぐって無数の武将・軍師たちが争っていく。
わけても、のちに『魏(ぎ)』を興す曹操(そうそう)、『呉(ご)』を興す孫権(そんけん)、『蜀(しょく)』を興す劉備(りゅうび)と、それぞれに仕える武将・軍師たちの、天下を巡って繰り広げられる権謀術数、歴史に残る数々の名勝負が物語の華、だな。
腰を据えて読むにはもってこいの本だ」

悠舜「『三国志』は漢字の名前がいくつもあって覚えられそうにない、登場人物が多くて誰が誰やら混乱する、歴史の話でなんか難しそう、などなど、そんな先入観はあるかもしれませんね。
実のところ作者の雪乃も、読むまでかなり二の足踏んでました
今は、『三国志』関連のゲームや漫画やアニメなどがいろいろでているので、そこまでとっつきにくくなくなりましたかね?」

皇毅「だといいな。作者がやっと読んだのは確か、デビューの前後だったはずだ。
『彩雲国』がシリーズになりそうだというんで、(*←三冊目あたりまでは、次の巻がでる保証はありませんでした)、『…もう少し続くなら、さすがに中国古典を読まなくては…』と腹をくくるという。…まさに『泥棒を見てから縄をなう』、泥縄、というやつだ」

晏樹「いつものことじゃない。
『彩雲国』を書いたから、中国古典ととりくむ機会をもらったわけね」

悠舜「その通り。読まずにぐずぐず二の足を踏んでた作者が断言しますが、
面白いです、三国志。

作者がもっているのは、岩波文庫版の『完訳三国志』、小川環樹・金田純一郎さんの訳のものです。出版年が結構古いので、もしかしたら今の岩波文庫では別のかたが訳しているかもしれませんね」

晏樹「初めて読んだこの岩波文庫版の三国志をすごく好きになって、いまだに作者、三国志はこればかり読んでる。表紙絵は『ザ・岩波文庫』って感じで硬派なんだけど、文章が読みやすいんだよね。このお2人の翻訳した文章や、言葉の感じが、作者のストライクだったってのもあるけどさ。文章は読む人の好みもあるから、自分の好みの訳の『三国志』をさがすのも、いいよ」

悠舜「『翻訳』の楽しみの一つですよね。『訳し方の違い』は。
作家それぞれに文章の個性があるように、『翻訳者』が違えば、選ぶ言葉も違いますから。
『三国志』のように古典ですと、様々な先生方の訳が出ていますから、読み比べる楽しみがありますね。古典翻訳物の醍醐味です。訳された時代によっても、翻訳に違いがでたりして」

晏樹「そうそう。70年も前に訳された別の中国古典を読んでたら、飯屋の小僧さんは『ぼおい』、卓は『てえぶる』(←ひらがなのまま)って翻訳されててさ。物語の舞台は宋代なんだけど、『ぼおいがてえぶるにやってきて~』って書かれてる。なんかかわいい感じがして、作者は読んでてニマニマしてねぇ。かつ、目から鱗だったらしい。『ああ、こんな訳し方もあるんだ』って」

皇毅「『三国志』『水滸伝』『西遊記』など、どれもそうだが、この国でいう『週刊連載漫画形式』に書かれているのも、面白さの秘訣だな。

『さて、今割って入ったのは誰でしょうか?それは次回に』だの『この勝負、どうなるでしょうか。次回をお聞きください』だので、毎回本当にいいところで回が終わる。
読み始めたら続きが気になって気になって仕方ない……。
『次回をお聞きください』と訳されているのは、おそらく『庶民が本を読む』形式は近代のもので、昔は長く『物語を語り部が聞かせる』形式だったから、なんだろうな。
だから、次も聞きたいと思わせるための仕掛けが縦横にめぐらしてある。魅力的な登場人物、謎、ドキドキはらはらの展開、気になる終わりかた…。
全部の回が、そんなふうに『面白い』と思わせる展開で構成され、さらにそれが何冊もつづいて大きな物語になるという……信じがたい」

悠舜「長い物語の、どこの回を読んでも、読者をひっぱってワクワクはらはらさせてしまう。物語の粋でできているようなもので。だからこそ読み継がれているんでしょうね。
岩波文庫『完訳 三国志』はその『以下次回』形式で訳しています。
ちなみに、作者も『以下次回!』『つづきを待て!』ってやってみたくなり、いっぺん彩雲国でやってます。本には未収録ですけどもね。…あれをすべて集めて、いまも持っているかたがいらしたら、すごいですよ(*持っている方、お礼を申し上げます!)」

晏樹「あー、あったね。黒悠舜でたやつね」

悠舜「…うるさいですよ。
ムック本収録の『怪盗ジャジャーンを追え!改!!』の『改』がつく前の、『怪盗ジャジャーンを追え!』という特典小説があったのですが、そこで毎度『以下次回!』やったんですよ。ちなみにムック本の『改』とは、出てくるキャラクターやエピソードがやや違います。
今思えば、彩雲国は登場人物が多いから、『以下次回』で話をつなげられたんでしょうね。エピソードのすべて『引き』をつくって、『続きはまた次回!』って連ねてゆくのは楽しかったですが、10回くらいでしたからね。三国志のような歴史もの大長編であれをやれるかといったら、まったく別の話です」

皇毅「至難だろうな。
何より『三国志』の魅力は登場人物にある。『三国志』は主要な武将たちだけの話でもない。名前もつけられていないような人々の生きざまやエピソードも多くて、その一つ一つが胸にくる。
登場人物は多いが、読んでいくうちに名を覚えたら、忘れないと思う。なんというかな…それぞれ『人間らしい』んだ。悪党でも号泣するし、善人でも魔がさす。読んでいてどの登場人物も『本当に生きてる』と思える、んだな」

悠舜「ええ。
『彩雲国』でも、三国志ネタをちょろちょろもらっています。
以前読者から、『左羽林軍武官の、弓の上手な皐韓升(こうかんしょう)は、もしかして三国志の、蜀の武将・黄漢升(こうかんしょう)からとったのですか?』というお手紙をいただいたことがあるのですが、その通りです。
最終巻での、『五丞原』(ごじょうげん)という地名も、三国志の『五丈原(ごじょうげん)の戦い』からとりました。……とったというか……そのまんますぎやしませんかね……」

晏樹「最終巻で出てくる、『青釭(せいこう)の剣』と『倚天(いてん)の剣』も、三国志からだよね。魏の曹操が所持してた対の名剣。
『青釭の剣』のほうは、曹操が配下の武将に下賜したんだけど、その武将が戦で蜀の名将・趙雲(ちょううん)と戦って負けてさ、趙雲に青釭の剣を奪い取られちゃって、そのまんま。…ていうか、白大将軍から、楸瑛と迅で、取り返せるのかねぇ、青釭剣…。白大将軍が趙雲ってことでしょ?」

悠舜「……趙雲将軍ばりの強さですからね、白大将軍……」

皇毅「『三国志』関連だと、旺季様と孫陵王殿のエピソードも、そうだな。
昔、孫陵王殿が旺季様を逃がすため、先王と司馬竜(司馬迅の祖父)と宋隼凱の三傑を一人で相手取って、退けてのけたというやつ。三国志では………」

悠舜「猛将・呂布(りょふ)に、劉備と関羽と張飛の三人で挑んだエピソードですね。呂布一人に三人がかりで打ちかかり、回り灯籠のごとく戦いながら、ついに勝てずに呂布をとりにがしたという話から、いただきました。
その呂布が乗っていたので有名な名馬・赤兎馬(せきとば)は、単に赤いからってだけで作者が紅州産にしたので、彩雲国では紅家の名馬になりました」

晏樹「まあ、強さは呂布だよねぇ、孫陵王。なんなの、あのあほな強さ。陵王もさ、呂布みたいに女に弱けりゃよかったのにさあ。なんで旺季様なわけ?」

悠舜・皇毅(……お前もな……)

悠舜「『三国志』の他にも、読者が『あれ、もしかしてこれは○○からとってる?』と思われたら、おそらく、当たりです。
ちなみに燕青は『水滸伝』の浪子(ろうし)燕青、水滸伝の108人の豪傑の中で一番かっこいいと作者が思っている豪傑の名をもらいました。
…………まったく、苗字もあだ名も、ぜんぶまる無視してつけますよね、この作者は………」

皇毅「今更だろう。
一度、作者が台湾でサイン会をしたとき、現地のガイドさんから「『紫』という姓氏はこちらではない」と言われたことがあったな。
姓氏で貴族とすぐわかれば読みやすいだろうか、王侯貴族は『色』の姓氏にしよう、というのみで姓氏を決めたからな、作者は…。
ちなみに紫劉輝の名前も、三国志と多少なり縁がある。投稿作では「劉琦」だったんだが、三国志にも「劉琦」がいて、まぎらわしいから漢字を変えろと担当にいわれたので、いくつか候補をだしたら、よりによって担当は作者がいちばん『ない』と内心思っていた『劉輝』がいいといった」

晏樹「『この、中身五歳児みたいなダメ王に、こんなキラキラした名前、完全に名前負けではないか』って作者は唖然としたんだけど、『派手な名前のほうがいい』って担当編集に言われて。そんな理由で『劉輝』になったんだよね~あはは。最初からすごい張りぼて感」

悠舜「……もう、張りぼてじゃないですから、我が君は。最初はともかくとして。それ以上四の五の抜かしたら、暗殺しますよ、晏樹」

晏樹「あ、黒悠舜でたー。…もう信じられない、悠舜がこうなるなんて。ねぇ皇毅」

皇毅「…………(お前もな……)」

悠舜「岩波文庫版の挿絵も、作者は見るのが好きでしてね。
『三国志』、気になったら、ぜひお手に取ってみてください」

晏樹「けど、僕たちの『彩雲国』は、中国っぽくないよねぇ」

悠舜「そうですね。初めて作者の脳裏に秀麗殿と主上が浮かんだとき、二人は中国風の装いをしていましたが…。
作者は設定をつくるとき、『日本』を根底に置こうと、思ったんですよ。
物語の見えない部分で作者がイメージしていたのは、実は奈良・平安時代でした。

1、名前はあるが、字(あざな)はない。
2、宦官(かんがん)が存在しない。
3、後宮にも、貴族の男がふらふら入っている(女房などとは話ができる)。
4、『皇帝』でなく、『王』。

などなどの一巻の設定は、それが理由だったりします。

頭に劉輝陛下が浮かんだとき、作者は不思議に『皇帝』というイメージがわかなくてですね……『王』と書くほうがしっくりきたのです。同時に、劉輝陛下の周囲を、「『宦官』という、痛みを抱えた存在がずらりととりまいている」のも、違う気がしたのです。
……もしヒーローが先王・戩華でしたら、『宦官に囲まれて育った』や『皇帝』という設定もはまったかもしれません。
『字(あざな)がない』設定も、もとは作者が投稿作を書いていたとき、理系の友人にも読んでもらいたい、字があるとわかりにくいかもしれないから省こう、と思ってそうしたのですが…。『古代中国そのままでなくてもいいかもしれない』と思ったとき、『字がない』というのも、作者の中では『それでいい』と思えまして。

ほかならぬ『秀麗』殿が主人公だったのも、大きかったと思います。
作者が学生時代、授業で習ったことがありまして。
『平安時代、帝に万が一のことがあった場合、皇后が政治の最高決定権を握って政務を執り行わねばならなかった。よって、帝の皇后は、第一に火急時に政務をとることが可能な知識と教養を兼ね備えている女性であることが条件だった』
(*当時の作者の知識です。今の歴史の常識とは異なっている可能性があります)

中国では、皇帝が殺されると後宮の女子供まで殺される、というイメージを当時作者は漠然ともっていたのですが、それと平安朝ではずいぶん違うと、驚いたのです。
『紅秀麗』という官吏を志す少女と、作者の中で重なった瞬間でした。
それで、中国のように見えながら、根の部分は平安朝を置こう、と思ったのです。
ということで、桜をはじめとして、物語のあちらこちらでも「和もの」が顔をのぞかせたりしています。なので、どこかで『中華もの』といわれると、作者は脱兎のごとく逃げ出したくなるんですよねぇ、今でも。

とはいえ、作者の奥底、物語の見えない根っこで『日本』をイメージしてはいても、官職や制度などは、中国の資料を参照していましたし、巻を重ねるかたわら中国の資料を読み読み(←ここも泥縄)、中国の歴史やエピソードからも多くの影響を受けました。

そんなふうに少しずつ私たちの国や物語はできあがったわけですが。
でも、読者の皆様には、そんなものは関係なしに、読んでほしいと思いますね。

じゃない、『三国志』のご紹介なのに、私としたことが!!
『三国志』はじめ、中国古典もの、よろしければ好みの訳をおさがしになって、ぜひ楽しんでください。はまったら、時間を忘れて読んでしまうことうけあいです」

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本の紹介を終えた悠舜、羽扇を片手に、杖をついて一足先に去る。

晏樹「『三国志』でいうと、悠舜って、諸葛孔明だよねぇ………。
そういや、『骸骨を乞う』で消えた『莫邪(ばくや)』と、『干将(かんしょう)』も、中国の古い伝承に残る名剣なんだよね、確か。有名だから、この国でもゲームとかのアイテムになってるみたいだよね」

皇毅「……そういえばあのあと、俺が『莫邪』をがめたと、とんだ濡れ衣を着せられたわ」

晏樹「いつのまにか消えちゃったんだよ。旺季様のそばからさあ。どこ行っちゃったんだろうね……。
あのときは、悪かったね、皇毅」

皇毅「……………。らしくないことを言うな。……お前が謝ると、この夢まで覚めそうだ」

皇毅の表情を見た晏樹は、茶化すのをやめにした。
きっと皇毅は嫌疑をかけられても、弁解もしなかったに違いない。
旺季がいなくなった世界で、三人のなか、最後の一人になっても朝廷にとどまった皇毅。
晏樹は皇毅に笑いかけた。気分が良かった。旺季と過ごした最後のあの時間が、ずっと続いているような気分だった。

晏樹「今から旺季様のところに行って、お茶のもうよ、皇毅。とっときの桃をだしてあげよう。夢でない証に…」

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楸瑛「『三国志』か。
うちの主上も蜀の劉備っぽいよね。悩んで、弱さを抱えたままで歩いていくところとか。それが弱さでなく、不思議と強さになるところとかさ」

絳攸「そうだな。旺季殿と主上はある意味『似てる』。物語の終盤で、二人が裏と表みたいな存在になったのは、作者も不思議だったらしい。…それも、主上が旺季殿のいる場所まで追いついた、からこそだが」

楸瑛「ねえ、絳攸。
晏樹殿は悠舜殿を『諸葛孔明』っていったけど、私はもう一人、諸葛孔明と重なる。
蜀の軍師・諸葛孔明は、君主・劉備が死ぬまでそばで仕えて、劉備が死んだあとも、ずっと国を支え続けた。その命を五丈原の戦いで使い果たす最後の最後まで」

絳攸「………………」

楸瑛「私は悠舜殿より、君のほうが諸葛孔明に似てると思うよ」

絳攸「……………我が君との、約束を果たしただけだ」

絳攸のつぶやきに、楸瑛はただ微笑んで、「うん」とだけ、返した。